在原業平 巻頭  哥座(うたくら)

  在原業平 (八二五-八八0)       
                編  :  水垣 久 氏  
               
縦表記  哥座(うたくら)


     
  勅撰集より四十八首、『業平集』より一首、『定家八代抄』より一首 。
    


  もくじ

           

 


  春
 なぎさの院にて桜を見てよめる

世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(古今53)

 


さくらの花のさかりに、ひさしくとはざりける人のきたりける時によみける よみ人しらず

あだなりと名にこそ立てれ桜花年に稀なる人も待ちけり

 

 

返し

今日来ずは明日は雪とぞ降りなまし消えずはありとも花と見ましや(古今63)

 

 

 

題しらず

花にあかぬなげきはいつもせしかども今日のこよひににる時はなし(新古105)

 

 

 

題しらず

をしめども春のかぎりの今日の日の夕暮にさへなりにけるかな(定家八代抄)

 


 秋
 題しらず

ゆく蛍雲のうへまでいぬべくは秋風ふくと雁につげこせ(後撰252)


 

人の前栽(せんざい)に、菊にむすびつけてうゑける歌

うゑしうゑば秋なき時やさかざらむ花こそちらめ根さへかれめや(古今268)

 


二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風にたつた河にもみぢながれたるかたをかけりけるを題にてよめる

ちはやぶる神世もきかず龍田河唐紅に水くくるとは(古今294)[百]


 

 
   旅
  あづまの方へ友とする人ひとりふたり誘(いざな)ひていきけり。三河の国、八橋(やつはし)といふ所にいたれりけるに、その河のほとりに杜若(かきつばた)いとおもしろくさけりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふ五(いつ)文字を句の頭(かしら)にすゑて旅の心をよまむとてよめる

唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ(古今410)

 

 

駿河の国宇津の山に逢へる人につけて、京につかはしける

駿河なる宇津の山べのうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり(新古904)

 

 

さ月の晦(つごもり)に、ふじの山の雪しろくふれるを見て、よみ侍りける

時しらぬ山は富士のねいつとてかかのこまだらに雪のふるらむ(新古1616)

 

 

武蔵の国と下総(しもつふさ)の国との中にあるすみだ河のほとりにいたりて、都のいと恋しうおぼえければ、しばし河のほとりにおりゐて、思ひやれば、かぎりなく遠くもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、渡し守「はや舟にのれ、日くれぬ」といひければ、舟にのりてわたらむとするに、みな人ものわびしくて、京におもふ人なくしもあらず、さるをりに白き鳥の嘴(はし)と脚とあかき、河のほとりにあそびけり。京には見えぬ鳥なりければ、みな人見しらず。渡し守に「これはなに鳥ぞ」ととひければ、「これなむみやこどり」といひけるをききてよめる

名にし負はばいざ言(こと)問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと(古今411)

 

 

あづまの方にまかりけるに、浅間のたけに煙のたつを見てよめる

信濃なる浅間の嶽(たけ)に立つけぶりをちこち人(びと)の見やはとがめぬ(新古903)

 

 

あづまへまかりけるに、すぎぬる方恋しくおぼえけるほどに、河をわたりけるに波のたちけるを見て

いとどしくすぎゆく方の恋しきにうらやましくも帰る浪かな(後撰1352)

 

 

惟喬(これたか)の親王(みこ)の供に狩にまかりける時に、あまの河といふ所の河のほとりにおりゐて酒などのみけるついでに、親王(みこ)のいひけらく、「狩して天の河原にいたるといふ心をよみて盃(さかづき)はさせ」といひければよめる

狩りくらし七夕つめに宿からむ天の川原に我は来にけり(古今418)

 

 恋
 女につかはしける

春日野のわかむらさきのすり衣しのぶのみだれかぎりしられず(新古994)

 

 

右近の馬場(むまば)のひをりの日むかひにたてたりける車のしたすだれより女の顔のほのかに見えければ、よむでつかはしける

見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日やながめくらさむ(古今476)

 

 

やよひのついたちより、しのびに人にものら言ひてのちに、雨のそほふりけるに、よみてつかはしける

起きもせず寝もせで夜をあかしては春の物とてながめくらしつ(古今616)

 

 

題しらず

きみにより思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋といふらむ(続古今944)

 

 

人のもとにしばしばまかりけれど、あひがたく侍りければ、物にかきつけ侍りける

暮れぬとて寝てゆくべくもあらなくにたどるたどるもかへるまされり(後撰628)

 

 

女のもとにまかりてもの申しけるほどに、鳥のなきければよみ侍りける

いかでかは鳥の鳴くらむ人しれず思ふ心はまだ夜ぶかきに(続後撰820)

 

 

題しらず

秋の野に笹わけし朝の袖よりも逢はでこし夜ぞひちまさりける(古今622)

 

 

題しらず

思ふにはしのぶることぞ負けにける逢ふにしかへばさもあらばあれ(新古1151)

 

 

人にあひてあしたによみてつかはしける

寝ぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな(古今644)

 

 

業平の朝臣の伊勢の国にまかりたりける時、斎宮なりける人にいとみそかにあひて、又のあしたに、人やるすべなくて、思ひをりけるあひだに、女のもとよりおこせたりける   よみ人しらず

君や来(こ)し我や行きけむ思ほえず夢かうつつか寝てか覚めてか

 

 

返し

かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは世人さだめよ(古今646)

 

 

陸奥(みちのくに)にまかりて女につかはしける

しのぶ山しのびてかよふ道もがな人のこころのおくも見るべく(新勅撰942)

 

 

業平の朝臣の家に侍りける女のもとによみてつかはしける  敏行の朝臣

つれづれのながめにまさる涙河袖のみぬれてあふよしもなし

 

 

かの女にかはりて返しによめる

あさみこそ袖はひつらめ涙河身さへ流るときかばたのまむ(古今618)

 

 

藤原敏行の朝臣の、業平の朝臣の家なりける女をあひしりて文(ふみ)つかはせりけることばに、「今まうでく、雨のふりけるをなむ見わづらひ侍る」といへりけるをききて、かの女にかはりてよめりける

かずかずに思ひ思はずとひがたみ身をしる雨はふりぞまされる(古今705)

 

 

ある女の、業平の朝臣を、ところさだめず歩(あり)きすと思ひて、よみてつかはしける   よみ人しらず

おほぬさのひく手あまたになりぬれば思へどえこそたのまざりけれ

 

 

返し

おほぬさと名にこそたてれ流れてもつひによるせはありてふものを(古今707)

 

 

業平の朝臣、紀有常がむすめにすみけるを、うらむることありて、しばしのあひだ昼はきて夕さりはかへりのみしければ、よみてつかはしける

あま雲のよそにも人のなりゆくかさすがにめには見ゆるものから

 

 


 返し

ゆきかへり空にのみしてふる事はわがゐる山の風はやみなり(古今785)

 

 

東(ひむがし)の五条わたりに人をしりおきてまかりかよひけり。しのびなる所なりければ、門(かど)よりしもえ入らで、垣のくづれよりかよひけるを、たびかさなりければ、主(あるじ)ききつけて、かの道に夜ごとに人をふせてまもらすれば、行(い)きけれどえ逢はでのみ帰りて、よみてやりける

人しれぬわが通ひ路の関守はよひよひごとにうちも寝ななむ(古今632)

 

 

五条の后(きさい)の宮の西の対にすみける人に、本意(ほい)にはあらで物言ひわたりけるを、む月の十日(とをか)あまりになむ、ほかへかくれにける。あり所はききけれど、え物もいはで、又の年の春、梅の花さかりに、月のおもしろかりける夜、去年(こぞ)を恋ひて、かの西の対にいきて、月のかたぶくまであばらなる板敷(いたじき)にふせりてよめる

月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして(古今747)

 

 

たえてひさしうなりて

今までにわすれぬ人は世にもあらじおのがさまざま年のへぬれば(業平集)

 

 


  堀川の大臣(おほいまうちぎみ)の四十賀(よそぢのが)、九条の家にてしける時によめる

桜花ちりかひくもれ老いらくの来むといふなる道まがふがに(古今349)

 

 

題しらず

おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人の老いとなるもの(古今879)

 

 

業平の朝臣の母の親王(みこ)、長岡にすみ侍りける時に、業平、宮づかへすとて、時々もえまかりとぶらはず侍りければ、十二月(しはす)ばかりに母の親王のもとより、とみの事とて文(ふみ)をもてまうできたり。あけて見れば、詞(ことば)はなくてありける歌

老いぬればさらぬ別れもありといへばいよいよ見まくほしき君かな

 

 

返し

世の中にさらぬ別れのなくもがな千世もとなげく人の子のため(古今901)

 

妻(め)のおとうとをもて侍りける人に、袍(うへのきぬ)をおくるとて、よみてやりける

紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける(古今868)

 

 

二条の后のまだ東宮の御息所(みやすんどころ)と申しける時に、大原野にまうでたまひける日、よめる

大原や小塩(をしほ)の山もけふこそは神世の事も思ひいづらめ(古今871)

 

 

布引の滝の本にて人々あつまりて歌よみける時によめる

ぬきみだる人こそあるらし白玉のまなくもちるか袖のせばきに(古今923)

 

 

題しらず

はるる夜の星か川辺の蛍かも我がすむかたに海人のたく火か(新古1591)

 

 

惟喬の親王の狩しける供にまかりて、やどりにかへりて、夜ひと夜、酒をのみ物がたりをしけるに、十一日の月もかくれなむとしける折に、親王ゑひて、うちへいりなむとしければ、よみ侍りける

あかなくにまだきも月のかくるるか山の端にげていれずもあらなむ(古今884)

 

 

紀利貞(きのとしさだ)が阿波の介にまかりける時に、餞別(むまのはなむけ)せむとて、今日といひおくれりける時に、ここかしこにまかり歩(あり)きて、夜ふくるまで見えざりければ、つかはしける

今ぞしる苦しき物と人待たむ里をばかれずとふべかりけり(古今969)

 

 


惟喬の親王のもとにまかりかよひけるを、頭(かしら)おろして小野といふ所に侍りけるに、正月にとぶらはむとてまかりたりけるに、比叡(ひえ)の山のふもとなりければ、雪いとふかかりけり。しひてかの室(むろ)にまかりいたりて、拝みけるに、つれづれとしていと物悲しくて、かへりまうできて、よみておくりける

忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪ふみわけて君を見むとは(古今970)

 

 

深草の里にすみ侍りて、京へまうでくとて、そこなりける人によみておくりける

年を経て住みこし里を出でて去(い)なばいとど深草野とやなりなむ(古今971)

 

 

おもふ所ありて、前太政大臣によせて侍りける

たのまれぬ憂き世の中を歎きつつ日かげにおふる身を如何(いかに)せむ(後撰1125)

 

 

世の中を思ひうじて侍りけるころ

すみわびぬ今は限りと山里につま木こるべき宿もとめてむ(後撰1083)

 

 

身のうれへ侍りける時、津の国にまかりて、すみはじめ侍りけるに

難波津をけふこそみつの浦ごとにこれやこの世をうみわたる舟(後撰1244)

 

 


 題しらず

思ふこと言はでぞただにやみぬべき我とひとしき人しなければ(新勅撰1124)

 

 

題しらず

白玉かなにぞと人の問ひし時露とこたへて消(け)なましものを(新古851)

 

 

病してよわくなりにける時、よめる

つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日けふとは思はざりしを(古今861)

 




この巻に収められた家持に関するテキストは、すべて、水垣 久  氏により編集されたテキストからお借りして縦表記に変更しています。  改めてここで氏感謝いたします。

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